木下藤吉郎が織田信長の部下になってからまもなく、台風がこの地方を襲って、
信長が拠点としていた清洲城の塀が大破した。
「信秀のあとの信長を滅ぼして、尾張国を自分のものにしよう。」と、虎視眈々と狙う大名が
たくさんいた。
そんな時に肝心の拠点の城の塀が崩れてしまったのである。
危機を感じた信長はすぐに工事奉行を呼んで、「すぐ塀を直せ!」と命じた。
奉行はかしこまって仕事にかかった。しかし、幾日経っても塀は直らない。
信長は苛立った。
奉行を呼んで「一体何をやっているのだ? 塀がちっとも直らないではないか!」と叱った。
奉行は「労働者が言うことを聞きません。台風の後なので、どさくさ紛れに賃上げを
要求しているのです。」と言った。
信長は「そんなことをいちいち俺に弁解するな!
そういうことを処理するのもおまえの仕事だろう。」と言ったが、
奉行はふくれっ面をして横を向いた。
怒った信長は工事奉行をクビにし、木下藤吉郎を奉行に任命した。
藤吉郎は「かしこまりました。」と言ってこの仕事を請け負った。
クビになった工事奉行は藤吉郎に嫌みを言った。
「新参のおまえにできるはずがない。」
「そうかもしれません。」
藤吉郎は逆らいもしないで、ニッコリ笑って応じた。
藤吉郎は現場に行った。
そして、自分の眼で塀の壊れた箇所を調べた。やがて工事に従事する労働者たちを呼んだ。
約百人いた。
藤吉郎はこんなことを言った。
「新しい塀の修理を命ぜられた奉行の木下だ。
しかし、俺は全くの素人で、こういう仕事のことはわからない。
全部おまえたちに任せたい。ただ、同じ任せるにしても手順だけを決めておこう。
今塀の壊れたところを見てきたが、壊れ方はだいたいどこも同じで、ある箇所が酷く、
ある箇所が軽微だったということはない。
そこで破損個所を十箇所に分ける。それを修理するために、おまえたちを十組に分ける。
一組ずつ一箇所を担当して修理してもらいたい。
誰がどの組にいくかだとかいうこともあるだろう。
そこで誰がどの組に行くかは、おまえたちで相談しろ。
今この塀を早く直さないと、敵が攻め込んでくる。
俺たちは男だから武器を取って戦うが、女・子供はそうはいかない。
城の中で一緒に暮らしている女・子供は、もし俺たちが負けてしまえば、
敵の奴隷になったり、殺されたりしてしまう。
特に女は全部敵の『慰みモノ』になる。
おまえたちは自分の女房がそんな目にあっても平気か?
子供が奴隷になっても平気か?
そういうことを考えると、この塀の修理は一日たりともないがしろにはできない!
いいな。もう一度繰り返す。自分たちで気の合う仲間で一組をつくり、
その組が一箇所ずつ修理箇所を選んで工事に励め。
おまえたちはこの塀の修理をする目的を、信長様だけのためだと
思っていたのかもしれないが、決してそれだけではないぞ。
おまえたちの家族にも関わりがあるのだ。
この辺をよく頭にしみこませろ。いいな。」
話し終わった藤吉郎は、「俺がこれ以上口を出すと、おまえたちの仕事がやり難かろう。
誰がどの組にはいるか、どこの箇所を担当するか決まったら、報告に来い。」
そういうとサッサとその場から立ち去った。
労働者たちは相談した。労働者たちの中にもリーダー格がいる。
そのリーダーたちを中心に、誰と誰が組になるか、
そしてどこの修理箇所を受け持つかについて話し合った。
しかし、こんなことはいくら話し合っても埒はあかない。
人間の好き嫌いは理屈だけではどうにもならないからだ。
結局、「くじ引きにしよう」と言うことになった。
中には気の合わない者同士がいっしょになった組もある。
が、くじ引きは公平だ。文句は言えない。
「おまえは気にくわないけれど、まぁいっしょにやるか。」ということになった。
藤吉郎の狙いは的中した。チームワークの誕生である。
そして、工事箇所もくじ引きで決めることにした。それを藤吉郎のところへ報告に行くと、
藤吉郎は、「わかった。よくやってくれた。うれしいぞ。
一番最初に自分の受け持った工事箇所を修理した組には、
俺が信長様から褒美をもらってやる。」と言った。
藤吉郎にすれば、ここが勝負どころだった。
というのは、前の奉行は労働者たちに賃金値上げを要求され、
うまくいかなくて失敗したからだ。
藤吉郎はそんなことは口の端にも出していない。
彼も内々は「もし働き手たちが賃金値上げを要求してきたら困るな。」と思っていたが、
「塀の修理はおまえたちの家族にも関わりがある。」ということで押し切ってしまったのである。
しかし、それだけでは労働者たちのモチベーションは上がらない。
そこで彼は「一番最初に工事を終えた組には、信長様が褒美を出す。」
というエサをちらつかせたのである。
このエピソードは有名な事件だ。
一晩で塀の修理が終わったという。
そうさせたのも、藤吉郎が働き手たちに「何のためかという目的」と、
「自分たちがやったことがどういう意味を持つのか」、
そしてさらに「それに対してどういう評価がされるのか」
ということを明確に示したからである。
「組織の成員は、にぎりめしの米粒でなければならない。」
これは逆に言えば「組織の成員はお粥になるな」ということだ。
にぎりめしの米粒とお粥はどう違うのか。
藤吉郎に言わせれば、
「お粥は組織の悪習に侵されて自分を失っている。
何でも自分の意志がなく、人の言いなりだ。
だから自分の大切なものは、汁に吸い取られてしまっている。
また、集めようとしても集まらないから、しゃもじを使うしか仕方がない。
そこへいくとにぎりめしの米粒は違う。
にぎりめしという組織に属していても、握られた米粒が一粒一粒、
自分は米粒だと主張している。
つまり、自分にとって一番大事なアイデンティティをしっかりと持っている。
組織の成員はすべてにぎりめしの米粒であるべきだ。
しかし、米粒だからといってそれぞれが好き勝手なことをしていいと言うことではない。
握られているということは、やはり組織に属し、組織のルールを守り、
その秩序に従っているということだ。
これが本当のチームであり、米粒たちの行うことがそのままチームワークにつながる。」
ということだった。